古閑 洋一郎
(前段)
授業中、教室で教師が話をしていても、私語が多くて騒がしいのは当たり前のご時世に、小学5年生76名を前に
してのスピーチをすることになり、頭を抱え込んでしまった。
原稿をまる読みするようでは気が散りやすく、我慢が苦手な生徒が、話を聞いてくれるわけがない。
どうやったら、私の話を、生徒達が、静かに聞いてくれるか考えた。
そこで、冒頭に生徒を驚かせ、注意力を集中させることにした。
ヘルメット、アルパインクライミング用の、フル装備を身につけて、手には、90Lのザック(ピッケル、アイスバイル、
アイスハーケン、スノーソー、厳冬期対応シュラフ、シュラフカバー、登山靴、12本爪アイゼン、ザイルを入れて)、
生徒達の待っている部屋の、戸をガラガラと押し開き、大きな声で生徒に向かって「こんにちは」
演壇のテーブルに、ザックの中身を見えるように並べ置いた。
全生徒の眼差しが、私に集中し、室内は「シーン」。みんな、あっけにとられている。
それは、そうだろう。先生に、「今日は視覚障害の人達との交流で、H・Cかざぐるまの人の話を聴いたり、サポート
体験や、給食を一緒に食べます」と、聞かされていたわけだから。
(ここからがスピーチ)
安岡寺小学校の、生徒の皆さん、こんにちは。私は、「ハイキングクラブ・かざぐるま」の、古閑洋一郎です。
よろしくお願いします。
突然ですが、私の趣味は、なんだか分かりますか?ヒントは、この姿と、この装備です。
(ここで、わかった生徒に、手を上げて、答えてもらった)
私の趣味は、アルパイン・クライミング、アイス・クライミング、沢登りなどの、山登りです。(アルパインクライミング
の、フル装備を装着して壇上にいるので、ここでは、装備類の使用説明をしながら簡単に話す)
それでは、皆さんに、私が入っている、「ハイキングクラブ・かざぐるま」の紹介をします。
「ハイキングクラブ・かざぐるま」は、視覚障害者(目が見えない)人と、晴眼者(目が見える)人の集まりです。
みんなで、ハイキングや、登山を楽しんでいます。
ロック・クライミングや、アイス・クライミング、沢登りのような、命がけの、激しい登山をしてきた私が、どうして、
「ハイキングクラブかざぐるま」に、入会したと思いますか?
それは、6年前に、六甲山の芦屋ロックガーデンで、ロッククライミング(岩登り)のトレーニングをしていた時に、
山で出会った、視覚障害の人がきっかけでした。
朝から何度も岩を登ったり降りたりしてお腹が空いてきたので、下の広場でお弁当を食べようと降りていくと、
広場ではハイキングのグループが、楽しそうにおしゃべりしながら、お弁当を食べていました。
そのグループに向かって「こんにちは」と挨拶をしてから、私もその隣にすわってお弁当を食べ始めました。
そして、隣のグループの人達を見て、ビックリしました。
その中に、目の見えない人がいたのです。
目が見えないのに山に登って何が面白いのかな、楽しいのかな。そう、心の中で思いました。
私は、疑問に思ったことは、そのままほっておけない性格です。
目の見えない人に近づいて、「こんにちは、目がご不自由のようですが、山での一番の楽しみは何ですか?」
と話しかけました。
すると、「聞こえませんか?」と言われました。
言われた意味が良くわからなかったので、少し考えていたら、「下の方で沢の音がしています」、「近くで野鳥
が3種類鳴いています」、「すぐ近くに大きな木が生えているでしょう」、「頭上で風に吹かれて、木の葉がこすれ
合う音が聞こえています」。
「私は、目が見えないけれど、山に来て、こうした自然の音を聞いて、楽しんでいます」。
「それと、花の香りや、落ち葉の積もった、山道を踏みしめる時の、ふわふわとした感触が、足の裏から伝わって
きます、急な登りで、岩に手をついて、岩をつかむ感触も楽しんでいます」。
「暑い日は、山の上で、ほほに当たる涼しい風は、とても気持ち良いです」。
でも、一番の楽しみは、友達といっしょに、全身を使って山に登り、お腹がぺこぺこになって、お弁当を食べ、
みんなで楽しく話しながら過ごすことです」。
と、言われて私は、自分が恥ずかしくなってしまいました。
私は、若かった頃から山登りが大好きで、人を追い越して、人より早く登ったり、一般の人が登れないような岩山
をロッククライミングして登ったり、凍った滝を登って満足し、誰よりも山で楽しんでいると思っていたのですが、
それはとんでもない間違いだったと、その時気づかされたのです。
自分は今までなんと、かたよった山登りをしてきたのだろう。
今思えば、私は心にゆとりの無い、山登りばかりしていました。
困難を乗り越えて、山に登れた達成感は、それはそれですばらしいことです。
でも、この目の不自由な人は、人間や動物が持っている五感の内、視覚は欠けているが、残りの4つの感覚を
フルに使って、山を心豊かに楽しんでいる。
素晴らしい事だな、と思いました。
それでは、ここで、五感(五つの感覚)について説明します。
1、視覚とは、(目で見て感じること)
2、聴覚とは、(耳で聴いて感じること)、
3、触覚とは、(手足や身体で触れて感じること)、
4、味覚とは、(舌で感じること)、
5、臭覚とは、(鼻でにおって感じること)
私も、五つの感覚のすべてを充分働かせて、心豊かな山登りがしたくなりました。
どうしたら、それが出来る様になるだろう?
そうだ、わかった、目の見えない人といっしよに山に登っていれば、、五感を充分使って、豊かに山を楽しむこと
が学べるはずだ。
以上が、私がハイキングクラブかざぐるまに、入会するきっかけでした。
入会して分かった事ですが、視覚障害の人もいろいろです。
生まれた時から、目が見えない人、病気や怪我で、途中から目が見えなくなった人もいます。まったく何も見えな
い人、見えないが、明るい暗いはわかる人、ぼやけて少し見える人、視野が極端に狭い人、などさまざまです。
でも、目に障害があるだけで、あとはみなさんと同じで、違いはありません。
目が見えない現実を受け入れ、自分で出来る仕事を見つけて、働いています。
そして、趣味もいろいろ楽しみ、力強く生きています。
私は、そんなハイキングクラブ・かざぐるまの、視覚障害の仲間が大好きです。
おかげで、私も心豊かな山登りを、楽しむことが出来るようになりました。
これからも、ハイキングクラブ・かざぐるまの仲間達といっしょに、いつまでも、心豊かな山登りを続けていきたい
です。
ありがとうございました。
私の話は、これでおしまいです。
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