第15回視覚障害者全国交流登山 広島大会報告
安芸の宮島 弥山(535m)
 





    
  実施日 2016年3月4日(金)〜6日(日)の2泊3日
  天  気 4日・5日晴れ時々曇り 6日曇り
  参加者 視障:6名  晴眼:10名  合計:16名
  コース 3月4日(金)
 大阪駅〜JR電車〜新大阪駅〜新幹線〜広島駅〜JR電車〜宮島口駅〜
 徒歩〜宮島口港〜宮島松大汽船〜宮島港〜島内観光〜
 会場(宮島ホテルまこと)15:30〜大会受付。
 17:00〜開会式(代表者会議)、18:30〜夕食。

3月5日(土)
 06:30〜起床、朝食、登山準備。
 09:00〜弥山へ登山開始。16:00下山して会場に戻る。
 18:30〜夕食、団体紹介。20:00〜親睦交流会。

3月6日(日)
 06:30〜起床、朝食。
 08:45〜閉会式。
 宮島港〜宮島松大汽船〜宮島口港〜徒歩すぐ〜宮島口駅〜JR電車〜
 広島駅(広島焼で昼食)〜新幹線〜新大阪駅〜JR電車〜大阪駅・解散。
  感 想

  ハードは、「大元コ−ス」を登り、「紅葉谷コ−ス」を下りてきました。
  ミドルは、「大聖院コ−ス」を登り、下りは、ロープウエイ、ソフトは、上り下りともにロープウエイ
  です。とは言え、ロープウエイの終点から弥山頂上までは、約40分上り階段の連続です。
  たとえ535mの山と言うものの、海抜0mから登ってますのでけっこう登りごたえが有りました。
  今回は、宿舎がホテルでしたので、食事がたいへんおいしかったです。
  メニューは、参加された方々の感想文にお譲りしたいと思います。
  親睦交流会では、いくつかの他クラブとの交流ハイキングのお話しも出ました。
  実現できればと願っています。
           





参加者からの感想文

第15回 視覚障害者全国交流登山大会
ソフトコース(紅葉谷)の記録

 人と神が共に生きる島・宮島の弥山(535m)に登る…これを今回の大きな目標として広島の地へやって
 来ました。
 宮島桟橋に着くと、厳島神社のシンボル的存在の朱色の大鳥居が、旅人を温かく迎えてくれました。
 朱塗りの社殿はまさに美の極致。「世界文化遺産」に圧倒されました。
   ◎ 春浅し 海中に立つ 朱の鳥居
   ◎ 牡蠣筏 組んで宮島 春霞
 大鳥居の高さは、奈良の大仏とほぼ同じで約16m。
 現在の鳥居は1875(明治8)年に再建されたものです。

 第2日目 3月5日(土)のソフトコース(紅葉谷コース)は、広島「友遊」の皆さんがコースリーダーとなり、
 総勢33人が参加し、全員が登頂を果たし、全員無事下山しました。
 9:00 「ホテルまこと」出発
 古くから大切にされて来た鹿が島内に約500頭います。
 野生のためエサを与えたり、触ったりしないようにしています。
   ◎ 厳島 野生の鹿に 迎へられ
   ◎ 異国語の あふれる弥山 夏隣
 9:30 もみじ谷駅 → ロープウェイ →(かや谷駅) → ロープウェイ →10:15獅子岩駅
 もみじ谷駅から榧(かや)谷駅までは、原始林の真上を進む約10分の空中散歩。
 榧谷駅で少し大きめのロープウェイに乗り換え、瀬戸内海を眺めながら終点の獅子岩駅をめざします。
   ◎ ロープウェイ 弥山桜に 迎へられ
   ◎ 神鹿の ぴいと啼いて 横切りぬ
 獅子岩駅から弥山頂上までは約30分。コースもわかりやすい散策路。
 ただし勾配きつい坂や滑りやすい場所もあり注意し、弥山山頂に到着。
 弥山山頂 (11:30着 昼食休憩 12:00出発)
 <瀬戸内海の絶景が広がる・信仰を集める最高535mの霊峰>
 1200年前に弘法大師が開山して以来、宮島のご神体として崇められて来た。
 世界遺産に登録された原始林や神秘的なスポットがあり、山頂からの眺めは最高
   ◎ 神おわす 弥山山頂 夏は来ぬ
   ◎ 風薫る 弥山山頂 昼餉かな
 下山コースは心地よい疲れを感じながら、慎重に歩を進めました。
 弥山山頂(12:00発)→獅子岩駅(12:45)→もみじ谷駅(13:30)→(ホテルまこと14:00着)
   ◎ 千年の 榧の小径の 風青し
 ソフトコース33人が助け合い、励まし合って楽しい一日を過ごしました。
 大会実行委員会みなさん、後援、支援、協力いただいた皆様に心からお礼申し上げます。
    

全国交流登山、広島大会に参加して

 4日、大阪駅で、ジパングや、半額などの16人の切符を買って下さるのが大変でした。
 宮島口港〜フェリー〜宮島港の桟橋を降りたら、以外にもスリムなシカがお出迎えでした。
 受付時間にはまだ早いので、見学です。
 かっこの良い松並木が続き、平清盛の立派な銅像の、かろうじて足先を触ることができました。
 途中、喫茶店と厳島神社へ行く人に別れて、私たちは神社の回廊を歩いていたら、結婚式が始まって、
 少し見て、太鼓の音を聞きながらあとにしました。
 それから、朱色の鳥居が少し満潮で、近づくことが出来なくて残念でした。
 ぷんぷん匂う美味しい焼き牡蠣を我慢して、ホテルへ急ぎました。
  夕食は牡蠣や魚も新鮮で、いろいろ豪華で御馳走を食べに来たみたいでした。
 私の部屋は、9時過ぎに消灯でした。
 
 5日は雨の予想なのに、曇ったり晴れ。 
 ミドルの3班は8時55分出発です。KさんとTさんにサポートしていただきながら、一部浜辺、穏やかな波、
 もっと歩きたかった。
 階段、階段、東屋を出ても、階段また階段、赤白ピンクのあせびが咲いているようです。
 少し前の方で、てこずったり、きゃあっという声がしました。(抱いて渡らせようとしたらしいです。)
 どんな所かと思ったら、杖で確かめて、跨げばよかったのです。

 大きな岩がゴロゴロある横を通ったり、岩のトンネルをくぐったり、もうすぐロープウエイだと聞いて、すぐ
 山頂かと思ったが、仁王門や、霊火堂などの階段を上がり、弥山頂上で、シカを追っ払ってもらって、
 おいしいお弁当でした。
 
 帰りは、仁王門まで下りた処で、はいチーズ、もみじ谷分岐からロープウエイ、獅子岩駅からは、6人乗りの
 ゴンドラ。Tさんと、4人は地元のソフトコースの方でした。
 もみじ谷駅から、大聖院まで降りてきたら休憩で、ぬくぬくのもみじ饅頭を買ったら、お茶もいただけました。
 夕食もご馳走でした。交流会では、YさんやTさんなど、数名の方にお会いしましたが、どことも15回にも
 なるので、メンバーも変わっているようです。
 かざぐるまも、いつもの、OさんやHさんなどが欠席で残念です。
 
 アトラクションは、広島なのに沖縄民謡とは…と思いましたが、とてもウキウキして、障子を開け閉めする
 動作をTさんが,説明して、一緒に触れながら踊ってくださったのと、ほとんどの人が踊っておられたよう
 なので、安心して私も輪に入って楽しいでした。
 
 6日は、全国のみなさんや、焼き牡蠣のおいしい香りにサヨナラをして、昼食は、広島駅で初めて食べる
 広島焼き、焼そばが乗っていておいしいでした。
 
 当番会の広島の方々は大変ご苦労でしたでしょうね。感謝します。参加の方々にまたお会いしたいです。
 かざぐるまの参加の皆さんには、こまごまと、とてもお世話になりまして、愉快な思い出をありがとうござい
 ました。今後ともよろしくお願いいたします。
      

第15回視覚障害者全国交流登山・広島大会「食卓に咲いた恋」

 2年おきに開かれているこの大会も、今回は15回を数える。
 30年前に東京と大阪の視覚障碍者の登山仲間が中心になりながら始めたもので、うれしいことに今に
 至っても、とても盛大に開かれている。
 この全国大会に参加する意義といえば、知らない地方に出かけられる喜びとともに、知らない多くの人との
 新しい出会いと新しい発見を広げていく期待。今後も更なる好奇心をいだいて、おおいに発展することを
 望みたいものだ。
 この機会こそ、どんなふうに楽しんでもしかるべしというところか。
 今回の広島大会にあって、勿論第一目的である登山を楽しむのは当然として、世界遺産の宮島厳島神社
 観光を楽しむのもよし、おいしいビールを飲みながらホテルの豪華な「かき料理」に舌つづみを打つもよし、
 帰りに駅前でみんなで食べた「ヒロシマヤキ」、大阪とはちょっと違う「お好み焼き」に感激するのもよし。
 きそうように買っていた「もみじ饅頭」、きっと待っている家族へのお土産だろう。
 それぞれ一人一人、楽しかった思い出は色々あるに違いない…。
 
 さて今回、ぼくの思い出に残る楽しかった出来事といえば、予想もしなかった思わぬサプライズがあった
 ことだ。味わった楽しさは、たとえ全員の旅行参加費、16人分50万円をぼく一人で肩代わりをしたとしても、
 余りあるくらいかも…。「あわわ 冗談、冗談 アハハ」。
 ぼくの楽しかった話というのは、出し抜けの出会いより始まる。寝た子を起こすというのか、体の奥で休止
 していたエンジンが突如点火して動き出したのである。
 起こったことは、「ちっちゃな恋」。まさにこの出会いこそ結果、最後には胸の中に大きな高揚と至福を味わい
 残すことになるのである。
 
 このたび、感想文の投稿を依頼されたので、それに合わせて逸話としてここに紹介してみたい。
 さて宿泊したホテルでは、都合4回の食事が用意され、すべてこの場で食事をすることになる。
 ところで、大広間に設えられたテーブル「502テーブル」というのが「かざぐるま」の男性陣6名に割り当て
 られた座席だ。なれそめの恋はここから始まる…。
 全国から集まった多くの仲間達がそれぞれ「わいわい」と思い思いに語りあっている、ボルテージをどんどん
 上げながら、食事を楽しんでいる。そんな喧噪の中、よもやこの場でまさかの、つややかな事が起こって
 いようとは「かざぐるま」の六人組しか知りえないだろう。そう思えばとても愉快である 「エヘン」。
 マドンナのララちゃんは、何人かの女性職員と一緒に、忙しくテーブルの周りを行ったり来たり、配膳と給仕
 をするのが仕事だ。
 初めて一度目の食事時、ぼくの横に立った彼女と言葉を交わしてみて、いま多くの日本に働きに来ている
 外国人であることはすぐにわかった。
 聞いてみれば、ぼくの好きな国の出身なので何となく親しみを感じてしまう。
 いっぱい話をしたいのだが、立ち止まって私語を交わしたり、余計なサービスをしてはいけないのが彼女達
 の仕事なのだ。それでも、それを超えてたくさん色々会話した気がする。
 三回目の食事時ともなれば、だんだん彼女との距離間がちぢまり、容姿が気になってくるものである…。
 見えないというのは、はなはだ不便なものだ 「笑い」。
 「ええっと、身長はどのくらい?」「ううん、163センチよ」!
 次いで最も気になる「胸の大きさは?」と聞きたいのだが、クラブではあるまいし、これはちょっとばかり
 軽はずみか。 「アハハ」 やめだ。
 まだこの時点では、ちゃらけていたようだ。次にやつぎばやに聞いた「ええっと、髪はどのくらいの長さ?」
 この問いかけから、ららちゃんとぼくとの間で、何かが始まったのだ。
 思わぬこの言葉こそが決定的なキーワードになった。
 一呼吸…。二呼吸…。沈黙が続く…。「えっ?なぜ?どうした?」
 今まで小気味いい会話をしていたのに? ららちゃんからは何も返ってこない。
 三呼吸目、黙ったままひとことも発せず、彼女の指は、ぼくの鎖骨の下をなぞるように、「スーウ」っと
 「いちもんじ」を書いたのである。何とこれは驚きの一瞬だ。「ドキリ!」
 「この意味は深いぞ!」 色々考えなければいけないのだが、とりあえず、さっきは目の見えないことを
 呪ったのに、今は感謝したい気持ちだ…。
 指でなぞられた所がしびれているのは勿論のこと、それにも増して、この娘の器量の聡明さと頭のよさには
 脱帽してしまう。さて、今度は彼女にぼくが返す番だ。
 「ふうん、ああそう、よく似合っているだろうな」とか何とか…。くだらない言葉を口に出せば「マヌケ」丸出し。
 もうその時点で白けてしまうのは必定だ。
 今、彼女は返しを待っている。ぼくの顔をのぞきこんでいるに違いない。
 さてこんな時に一番いい返し方とは?
 黙って真骨頂を出せばいい。そでで思いは必ず彼女に届くのだ。
 両端の唇をわずかに上げるようにしてそっとうなずく。旅行前に歯医者でメンテナンスしておいて本当に
 よかった 「アハハ」。
 この瞬間、息がぴったり 呼吸が合うのがわかるのは、寡黙の力だ。
 目の前にはきっと、ららちゃんの百万ドルの笑顔があるに違いない。
 ところで、「かざぐるま」のみんなは、にやにやしながら成り行きを楽しんでいる。
 こちらの方では何ら障りはないのだが、ここは何といっても、ららちゃんにとっては女の職場だ。
 もはや仲間から刺されているのでは?注目されているはずに違いない…。
 充分通じたから、速くここから離れてほしいと心の中で願う。
 翌日、最後の朝食時、ぼくの前に置かれている茶わんには、既に山のようにご飯は盛られている。
 残念なことに、ららちゃんが給仕をするために、ぼくのそばに近づく理由はもうない。
 それでも果たして、彼女はぼくに声をかけてくれるのだろうか?
 最後の会話のチャンスがあるのは今だけだ。ららちゃんと最後の「ひとこと」をかわしたいのに…。
 合図は、指で背中を「トントン」ノックする。
 「ららちゃん来たよ!」昨日までのやさしい声が聞こえそうだ。
 「嚴島神社の神様、どうぞ願いを聞いてください」。
 しばらくして、背中を「トントン」と指でノック。
 「おはよう!」そばには、ららちゃんが立っている。彼女の言葉には、もう「ございます。」はなかった。
 「ああ、信じてよかった!」おもわずこみあげてきそうな気持になってしまう。「やっぱり通じていたのだ。
 朝から夢のようだ!」。
 「ああだめだ!もう吸い込まれそうだよ!」 人の目さえなければ…。「大笑い」
 横で食事をしている石田さんが「電話番号を渡せ!」 「アハハ」
 ぼくは、偶然にもこの宮島で、思わぬ出会いから、しばらく忘れていた恋心、胸踊るような「ドキドキ」感を
 味わったのである。
 最後にこの度、広島の全国大会に来て、楽しい夢のある思い出をプレゼントしてくれた、ららちゃんへ、
 あらかじめ用意しておいた言葉で別れを告げることにした。
 感謝の意を思いっきり込めながら、ちいさな声で「げ・ん・き・で!」…。そっと微妙に手を振った…。
 ららちゃんも何か言ったのだがぼくには聞き取れない…。
 最後は彼女の柔らかな人懐っこい手が、猫のようにぼくの背中をそっとさすりながら去って行ったので
 ある…。
 ららちゃん(24歳) 台湾娘。
 TK(69歳) 天王寺のおっちゃん。
    


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