2019年11月度、超ソフト部例会報告 京都「琵琶湖疏水」散策 |
---|
![]() |
![]() |
---|---|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
2019年11月3日(日) |
![]() |
晴れ、一時小雨 |
![]() |
視障:14名 晴眼:16名 合計:30名 |
![]() |
JR大阪駅09:15発〜JR山科駅09:50着〜東山自然緑地公園にて体操〜 10:30スタート〜第11号橋(日本最初のコンクリート橋)11:40〜 田邉朔郎(さくろう)像前で昼食・誕生日会・例会案内12:25〜13:30 蹴上インクライン〜南禅寺・水路閣14:00〜三条(京阪)15:00(現地解散) 〜京橋16:00頃解散 |
![]() |
|
例会1週間前の参加締切日時点では、サポーターが大幅に足りなくて随分心配しましたが、 皆さんのご協力で、なんとか視障者の参加をお断りすることなく例会が実施できました。 お天気で暖かく、紅葉にはまだ少し早かったですが、良く整備された疏水沿いの道を、歴史を 感じながら気持ち良く歩く事ができました。 昨年の春から67年ぶりに復活した琵琶湖疏水通船とすれ違い、皆さん手を振ったり、通った 後の大きな波にビックリされていましたね。 今月のお誕生日は、Tさん、Kさん、そしていつもサポート応援で参加して下さっているHさんの 3名でした。おめでとうございました。 |
参加者からの感想文 |
2019年11月度、超ソフト京都琵琶湖疏水散策 |
---|
視障のNです。琵琶湖疏水に参加の皆様、お疲れ様でした。お世話になりました。 担当者の皆様、有難うございました。 今までは、疏水に来ても桜や紅葉ばかりでしたが、久しぶりの疏水で担当者さんから歴史を聞き、勉強に なりました。私も少し疏水について調べてみました。 琵琶湖疏水とは、琵琶湖の湖水を西隣の京都市へ流すため、明治時代に作られた水路です。 国の史跡に指定されています。 京都の偉大な産業遺産である「琵琶湖疏水」は、大津市観音寺から京都市伏見区堀詰町までの全長 約20kmの「第1疏水」、全線トンネルで第1疏水の北側を並行する全長約7.4kmの「第2疏水」、京都市 左京区の蹴上(けあげ)付近から分岐し北白川に至る全長約3.3kmの「疏水分線」などから構成され、 今も現役で活躍している施設です。 一方、明治30年代に入ると第1疏水の流量では毎年増大する電力の需要が満たせなくなり、 市長西郷菊次郎(西郷隆盛の長男)は、三大事業(第2疏水の建設と上水道の整備・道路拡築・電気軌道 の敷設)を実施しました。第2疏水建設は三大事業の中核として、全線トンネルの疏水を第1疏水の隣に 引くもので、明治41(1908)年に着工し、明治45(1912)年に完成しました。 また、同時に第2疏水から取水する日本最初の急速ろ過方式を採用した蹴上(けあげ)浄水場が完成し、 京都市の水道事業が誕生しました。これらにたずさわってた人が、東京の工部大学校(現在の東京大学 工学部)を卒業したばかりの田邉朔郎、明治14(1881)年に第3代京都府知事に就任した北垣国道等 沢山の人が介入しました。 JR山科駅から琵琶湖疏水へ。青空のもと総勢30名いざ出発です。 その前に近くの公園で、Iさんの元で体操、晴眼者の方がアイマスクをつけての体操!! 超ソフトの時は時間もゆとりがあるのでいいですねぇ。私は思いもつきませんでした。 Oさん、Iさんの説明指導のもと、体操できましたかぁ! 疏水の見どころは沢山ありますが人気なのを2つ3つ。疏水を右に見て左方向に南禅寺の方に下って 行きます。右方向に行くと大津、琵琶湖の方です。 南禅寺まで7キロ少し歩きます。橋や、お寺などいくつかあります。 日本最初のコンクリート橋に着きました。 一見何の変哲もない橋ですが、実は日本最初の鉄筋コンクリート橋です。明治36(1903)年に田邉朔郎が つくったもの。そばに石碑があり「本邦最初鐵筋混凝(コンクリート)橋」と当て字混じりの碑文が刻まれて います。また、この碑を触れられるみたいで、深く文字が彫ってあるんですが、私が見た時はKさんが 触られてましたが、文字分かりましたかぁ? 恐ろしいくらい高いので「倒れたらどうしょう!」て思いましたが…(倒れへんけど、アハハ) 蹴上(けあげ)インクラインに着きました。インクラインとは、蹴上船泊から南禅寺船泊との間には高度差が 36メートルもあるため、そのままでは船の行き来ができません。 そこで、船を乗り降りすることなく、船ごと台車に載せて、動力によってレール上を上り下りする仕組みが 作られました。これが蹴上インクライン(傾斜鉄道)です。 ここに若き技師、田邉朔郎の銅像が造られています。 「藉水利資人工」(すいりをかりてじんこうをたすく) 【意味】自然の水の力を人間の仕事に役立てる。田邉朔郎が書いてます。 28歳でこれだけの頭脳凄いですね。 ここでお昼タイム。公園みたいになってて広いです。 お昼が済むと自己紹介、誕生日会。11月はTさん、Kさん、Hさんでした。 ご健康第一、楽しい一年で有られますように!! おめでとうございます。 恒例のM子さんがオカリナで、Y子さんが小さいキーボードみたいなの?で皆んなが歌って、カシャカシャ 音がする(マラカス)登場。マラカスの名前とY子さんの楽器名、後でM子さんに聞きました。 Y子さんの楽器の正式名は分からないそうです。 楽器も増えて賑やかになり、皆が一つになり良かったです。 それから次は今後の例会のお知らせです。 日曜日とあってカップル、ファミリー、本格的に衣装着て、写真の撮影してる人たちもいました。 「ねじりまんぽ」も有りました。蹴上インクラインの線路下にあるトンネル(=方言で「まんぽ」)。 強度を高めるために、レンガが螺旋状に積まれ、ねじれている様子から「ねじりまんぽ」と呼ばれます。 明治21年に造られた水路閣。赤レンガでアーチの曲線がとても美しいのです。 その水路閣の上は時代を超えて疏水の水が今も哲学の道や伏見へ流れています。 なんとこの橋、臨済宗の総本山・南禅寺の境内に架けられています。レンガ・花崗岩造りのレトロな風貌が、 禅寺の和の雰囲気と周囲の自然を引き立てます。一説には、ローマの水道橋をモデルに作られたとも。 いつまでも立たずんでいたいような心境にかられますね。(そんなんしたら日が暮れるがな、笑い)。 東京に都が移り、京都は火が消えたみたいになり、そこで昔の賑やかな都にする為、前記に述べた人達が 立ち上がり、一大プロジェクトを組み、人々を呼び戻そうとして、成し遂げられた疏水です。 京都がこれにより発展したのはいうまでもありません。 琵琶湖疏水はまさしく京都に命の水をもたらしてくれているのですね。 南禅寺山門に別れを告げ、途中で出会った黄色のコスモスにも別れを告げ、気候が良くて、私のサポート のTさんの説明を聞きながら、ゆっくりと時間が流れ文字通り散策を楽しみました。 琵琶湖疏水船も復活したみたいです。興味のある方は予約して乗ってくださいね。 京阪三条で現地集合の人たちと別れを告げ、「おけいはん」に乗り京橋へ…。 誰も怪我なく解散。またお会いする日までお元気で!! |